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紫色の月光

紫色の月光

後編



 問題の犯行予告時間まで後20分。
 
 ネルソン・サンダーソン警部は相棒のジョン・ハイマン刑事、他数人の警官と共に会場に張り込んでいた。会場で一番目立つ場所、オークション景品の展示されているステージを盗人から守る為である。

「警部、この景品の次に問題の品の番のようです」

「よし、分った」

 ブラックパールは予定通りの時間に展示される事になっている。しかし、それは偽物で、本物はネルソンたちが持っている鞄の中に入ってある。
 
「60万だ!」

「80万!」

「こっちは105万だ!」

 オークションに参加している金持ち達は皆、我先に、とでも言わんばかりに金額を言いまくる。しかし、オークションにおいてこれは当たり前と言える光景だ。

「はい、では120万で落札です!」

 司会者が普段どおりに言うと、次の景品のオークションに移行される。
 問題のターゲット、『ブラックパール』である。

「では、次の賞品はこちら!」

 司会者が言うと、集まっている人々は皆、おお、と揃って声を上げた。
 
「警部、ターゲットが出てきました!」

「ようし、動いた奴はいるか!?」

 ネルソンが言うと、ジョンはオークション内の光景を確認する。だがしかし、誰も直接的にブラックパールを奪おうとする奴はいない。よって、オークションはそのまま行われる事になった。偽者が展示されたままで。

「さあ、では50万からスタートしましょう!」

 すると、早速と言わんばかりに第一声が発せられる。それに続き、負けるもんかと言わんばかりに次々と高額な金額が上げられていった。

「うっわ、凄いですね警部」

「ああ、この金持ち達の熱意だけで俺たちが押されている感じがするぜ」

 ネルソンとジョンが金持ち独特の覇気という物を感じていたその瞬間。突如として会場全体が暗闇に包まれた。
 それと同時、会場にどよめきが生まれ始めた。

「どうした、何があった!?」

「わ、分りません!」

 すると、すぐに照明に光が戻った。
 この間、僅か10秒ほどである。

 見ると、展示されているターゲット、偽物のブラックパールは無事である。傷一つ付いていやしない。

「ジョン、時刻はどうだ!?」

 ネルソンが言うと同時、ジョンは自身の腕時計を見て、時刻を確認する。
 するとどうだろう。既に犯行予告時間ジャストの時刻になっているではないか。

「警部、鞄の中身は!?」

 警官の中の一人が言う。
 その瞬間、ネルソン達の脳裏に、ある一つの『可能性』が浮かび上がった。しかしそれと同時、『まさか』とも思う。その可能性とは先ほどのたったちょっとの暗闇の時間だけで、鞄の中から本物の『獲物』を盗んだのではないかと言う、そんな可能性だ。

「………」

 ネルソンが無言で鞄を手に取ると、周囲の警官達が『ごくり』と固唾を飲んだ。
 妙に緊張する1シーンである。

「どうだ!」

 ネルソンがこれでもか、とでも言わんばかりの無駄な力を使って鞄の中身を開く。
 すると、ジョンを初めとする警官達が一斉を注意をこちらに向けた。無論、展示されている偽物の方にも注意を逸らさないように、だ。
 そんな警官達が見守る中、鞄の中身が開放される。すると、其処には存在するはずの本物のブラックパールが、

「……普通にありますね」

 確かに存在していた。しかも無傷で。
 誰かが安堵の息を漏らす。考えてみれば、泥棒が本物の在処なんて知っているはずが無いし、鞄はずっとネルソンが持って放さなかった。これでは盗めない。

 だが次の瞬間。

 不意に、『獲物』ブラックパールに襲い掛かる『手』が警官達が反応するよりも早くやってきた。
 それはブラックパールをがっちりと掴み取ると、稲妻のようなスピードで自分の方へと引き寄せる。まるで超高速のマジックハンドみたいだった。

「な!?」

「へ!?」

 警官達はこの素早く、しかも不意の一撃に対して、間抜けな声を放つしかなかった。
 ネルソンはそんな中、手がやって来た方向に目をやる。
 すると、其処には警官の服装を着ている茶髪の青年がいた。だが、警官には似つかわしくない『仮面』をつけているそれの正体を、ネルソンは誰よりも知っている。

「か、怪盗シェル!? 何時の間に!」

「はっはっは。生憎、俺は神出鬼没、そして盗みに関しては神速なのさ。手癖が悪いから俺も困っちゃうしね。ほら、丁度ジオンの皆さんが『ジーク・ジオン!』って叫ぶみたいな感じ?」

 妙な例を挙げつつも、怪盗シェルことエリックはイタズラ小僧みたいな笑い声をあげながらネルソンたちに背を向ける。

「いかん、逃がすな!」

 ネルソンの号令と共に、オークション会場に潜んでいた無数の警官がエリックに襲い掛かってくる。
 だが、そんなエリックを守るかのようにして、何処からか警官達に呼びかける声が響いてきた。

「お客様、まだオークションは終わってはいませんよ?」

 司会者をやっていた狂夜が不敵な笑みを浮かばせると、彼はある物体を警官の波に投げつける。『それ』はロケットみたいに火を噴きながら波の中に突入していき、波を崩して行く。

「その花火の落札額は我等の逃走と言う事で、よろしく!」

 そういいながら、狂夜とエリックは会場から逃げ出した。





 逃げて行く時、エリックはちょっとした違和感を感じていた。いつもならゴキブリ顔負けの執念で追いかけてくるネルソンが追いかけてこないのである。正直、あの花火だけで怯むとは思えない。

「何かあるな」

 そう考えるしかない。行動的なネルソンが追いかけてこないと言う事は、何か罠を仕掛けていると思っていいだろう。
 だが、ネルソンという男は結構分りやすい。鞄の時だって、大事そうに抱えていたら誰だって不信に思うわけだ。もしかして、と思って近づいて見たら予想通りの展開だったのだ。

「む、エリック! 前方から何か来るぞ!」

 狂夜が言うと、エリックは前方の廊下からやって来る影を確認する。数は五人。いずれも銃を持っているところを見ると、別の所に配置されていた警官がやってきたのだろうか。

 だが、その予想は思いっきり外れていた。
 やって来る五つの影は、よく見たら全員覆面をしており、しかもバックを担いでいる。まるで銀行強盗みたいな印象を持てる格好だった。

「む!?」

 向こうもこちらの存在に気付いたようで、思わず立ち止まる。
 すると、中央の体格のいい男が一歩前に出てエリック達に言う。

「なんだ貴様等、新手の特殊刑事か!?」

「それはこっちの台詞だ!」

 思わず言い返してしまうエリック。なんだか何処かで聞いたことがある様な気がする声だったが、そこら辺は深くは考えないで置いた。

「団長、追っ手が来ましたぜ!」

 緑の服装をした覆面男、タケノコが言う。すると、先頭の覆面男こと団長はエリックと狂夜に対して言った。

「おい、もしかして今回こんなに警官が多いのはお前等のせいか!?」

「あー、多分」

 多分ではなく、エリック達のせいである。彼等は毎回、犯行予告と言う挑戦状を叩き付けているのだから警官が多く配置されるのは当然と言える。ココで取り逃したら面子が丸つぶれなのだ。

「よーし、貴様等が警官と敵対しているのなら俺たち団長軍団の味方だ!」

 何か勝手に話が進んでいる。
 そしてエリックと狂夜は同時に思い出した。

 団長軍団。中国行きの飛行機の中で大暴れした迷惑集団である(詳しくは17話より)。
 彼等はなんとエリック達とほぼ同時に動いており、そしてエリック達とほぼ同時に警官に追いかけられているのである。しかもエリック達が犯行予告なんか出しているから警官の数が物凄く多いのである。

「逃げるぞ皆!」

『おー!』

 すると、残りの団員を含めた団長軍団が無理矢理エリックと狂夜を巻き込んで追っ手から逃げていった。なんか団長軍団の一員になったみたいな感じがして嫌な感じだったが、此処は囮として使える、と思っておいた。

「お待ちなさい!」

 すると、背後から凛とした女性の声が響く。
 少しだけ振り返ってみると、其処には真紅のメイド、サンディが銃を構えていた。しかもサンディだけではなく、色とりどりのメイド達が重火器をこちらに構えている。ある意味恐るべき光景だった。

「警官特殊部隊。『メイド・スコーピオンズ』、行きます! 撃て!」

 中央のサンディが号令をかけると同時、メイド達が構える重火器が次々と火を噴いた。それこそ嵐のように。と言うか、メイドである意味はあるのか、と犯罪者7人は同時に思った。

「だが其処まで突っ込んでる場合じゃなああああああああああい!!!!」

 エリックが無理矢理前に出ると、ランスを手にとり、柄を分離させる。その分離させた柄は廊下の壁に張り付いていき、紅色のバリアーを出現させた。
 メイド達が放つ銃弾は次々とバリアーによって弾かれる。その薄く透明な紅色の壁の向こうに見えるメイド達の悔しそうな、そして何処か困惑している顔を見て、エリックは思わず勝ち誇った笑みを浮かべるが、

「あ、貴方様は怪盗シェル様!」

 中央に見えるサンディが喜びに酔いしれていた。少女漫画に出てくる恋する乙女のように彼女の瞳はキラキラと輝き、口元からは涎を垂らしている。

「げ……!」
 
 その光景を見たエリックは思わず唸ってしまった。そしてその目には見えないドス黒いオーラによって思わず怯んでしまう。蛇に睨まれたカエルとは正にこの事だろう。捕食する側とされる側の関係を思いっきり垣間見た気がした。

「ええい、クソ! 逃げるぞ!」

 ランスの壁を展開しつつ、エリック達はメイドから逃げ出した。





 団長達と一時的に共闘する事になったエリックと狂夜。メイドたちをなんとか食い止めた彼等は、新たな刺客と対峙していた。

「………」

 ただ、それは果たして刺客と言ってもいいのか非常に疑問だった。
 先ず、何故か肌を恐ろしく露出させていた。そして右胸には可愛らしいピンクの文字で『びびあん』と書かれている。
 その姿を確認したエリックと狂夜が思わず石化してしまうほど異常な光景だったのだ(正確に言えば、思い出したくも無かった)。

「ふぅ、私の船の中でこうまで好き勝手してくれるとはねぇ……困った犯罪者の皆さんだ」

 しかし、その口調はこの前会った時の様な変態の物ではなかった。
 格好には似合っていない、一人の『男』の声だったのだ。ただ、それだけに下手したらはみ出してしまいそうな下半身は何とかして欲しかった。

「さて、久々に運動と行くかな?」

 ダルタニアンが呟くように言うと、団長軍団の団員達が次々と銃を向ける。
 次の瞬間、団長を含めた団員達が一斉に引き金を引こうとするが、

「ふ」

 ダルタニアンが鼻で笑いながら、ロケットの様な動きで団長軍団に迫る。
 その筋肉質な肉体とは裏腹に、恐るべきスピードだった。そして勢いを殺さないまま、ドクキノコ、タケノコ、、キノコ、マイタケを次々とパンチ一発でノックアウトさせていく。

「な、何!?」

 この恐るべき動きには流石の団長やエリック達も驚いた。銃を持っている四人を、パンチでねじ伏せるとは恐るべき動きだ。もしかしたらこの男こそ『超人』と呼ぶに相応しい男なのかもしれない。格好は別として。

「………」

 勝てないかもしれない。
 エリックと狂夜は純粋に、本能でそう感じた。幼い頃、山の中で育った直感がそう語ってきたのである。

「狂夜、行くぜ!」

「応!」

 すると、エリックは右へ、狂夜は左の通路に一斉に逃げ出した。
 ただ一人、中央にポカンと突っ立っている団長を残して。

「あ、おいコラ! 俺一人でこの変態に挑めと言うのかお前ら!?」

 団長が抗議の声を上げるが、我先に行動する二人は聞いちゃいなかった。
 そして次の瞬間、野獣が団長に襲い掛かった。





 団長の悲惨な叫びが響いたと同時、エリックは無意識に空に十字を切っていた。過去、同じ恐怖を味わった男としての、ほんの少しの同情と哀れみだった。

(さらば団長。お前の事は決して忘れない……!)

 既にエリックの中では勝手に故人になっていたりする。
 
 そんな時、彼の前方から何やら声が聞こえてきた。
 それは複数で、しかも女性の声である。

「見つけましたわ、シェル様!」

「げ、メイド軍団!」

 見ると、別ルートから追ってきたらしきメイド軍団が全員手錠と重火器を手にこちらを睨んできているではないか。約一名、どう見ても嬉しそうなメイドがいるが、それは気にしない方針で行く。
 しかし、厄介なのが此処が『一方通行』と言う事だった。前に行けばメイド軍団が待ち構えており、後ろからは、

「待てええええええええい! たあああああああいほだあああああああああああああああああああああああっ!!!」

 ネルソンが元気な姿で追いかけてきている。
 詰まり、挟み撃ちにあっているのだ。逃げ場無しとは正にこのことである。

「くっそおおおおおおおお!! 警部と戦うか、人類の宝の一つであるメイドを片っ端から叩き潰すか!?」

 彼にとっては究極の二択であった。正直、どちらも選びたくないと言うのが本音である。可能なら逃げ出してしまいたい。
 と、そんな時だった。

「こっちさね」

 不意に、何処からか声が聞こえてきた。
 次の瞬間、エリックがイキナリ開いた回転扉に巻き込まれた。





「無事かい、若造」

 回転扉によってエリックをピンチから救い出したのは薫だった。
 彼女は何故か忍者が身に付けるようなイメージの黒い服装で、年を感じさせない不敵な笑みを浮かべている。

「お、おばちゃん! なんでアンタが……!」

「何、あたしゃあね。こう見えても二つの顔を持っているのさ」

 何、とエリックが不思議そうな顔をすると、彼女は言った。

「清掃員の『薫』と、気まぐれで動く伝説のおばちゃん戦士『薫』の二つさね」

「はぁ」

「私の気まぐれは誰にも止められない。例えあのダルタニアンにもね」

「ダルタニアン?」

「ほら、此処の船長で変態さね。分りやすく言えば『びびあん』なんて書かれてる」

 其処まで言われてエリックはようやく理解した。あのダルタニアンと言う存在が、なんともまあ摩訶不思議だと言う事に。変態で、しかも船長ってなんやねん。素直に突っ込めばキリがなくなりそうだった。

「まあ、兎に角。あんた等を見ていたら私も久々に悪い事したくなってきちゃったのさ。それにあんた、何気に良く見たらいい男だからね。今回は特別だよ」

 そりゃあどうも、とエリックは頭を下げておいた。

「あ、そういえば俺の相方探さないと……」

「あの眼鏡かい?」

 今は眼鏡を外して正確ががらり、と変化している訳だが、それでも同一人物であると言う事には変わりが無い。

「ああ、合流してさっさとオサラバと行くぜ。おばちゃん、道案内頼む! こういう隠し扉作ったの、あんただろ?」

 エリックが悪戯っぽい笑みを浮かべると、薫も笑みを持ってしてそれに返答した。





 狂夜は廊下のど真ん中で立ち尽くしていた。
 何故なら、警官隊の遺体が幾つも転がっていたからである。しかも血の乾き具合からして、殺されてから時間は余り経過していない。
 本来彼等に敵対するエリックや狂夜は此処に来て誰も殺していない。つまり、彼等を殺した犯人が、まだ近くをうろついていると言う事だ。

 ただ、狂夜が注目した点はそれだけではなかった。
 殺された男の一人。その腹部を貫通するかのようにして出来た『穴』が存在していたのである。まるで槍で貫かれたかのような、そんな印象をもつ穴である。

「……これは」

 そして狂夜はそんな殺され方に心当たりがあった。
 中国の病院で何者かの手によって殺されたイシュの科学者ノモア。彼の死に方とそっくりである。

(まさか、彼等を殺したのはノモアを殺した奴と同じ人物なのか!?)

 そう思った瞬間、背後から不気味な足音が響いてきた。
 落ち着いていて、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる足音。しかし、静寂に包み込まれた空間のせいか、その音はやけに不気味に聞こえた。

「こぉーんにちわ。キリサキ・キョーヤ」

 その姿を視界で確認した瞬間、狂夜は思わず寒気がした。
 言葉を発したのは、まるで骨の様な硬い印象をもつ白髪の青年。断じて雪の様なキレイな印象を持つ事は出来ない男だった。

「貴様、何者だ」

 狂夜が敵意を込めて睨むと、男は笑いながら答えた。

「おいおい、分ってんじゃねぇの? ノモアを殺したのは俺だぜ」

 やはりそうか、と狂夜は心の中で納得した。
 ならば、次に確認すべき事は一つである。

「貴様、最終兵器の所持者だな。それもイシュ所属の……!」

 彼等が持つ最終兵器以外の最終兵器は全てイシュが保持している。つまり、所持者のオーラがびんびんと伝わるこの男は自動的にイシュのメンバーと言う事になる。
 だがしかし。男は首を傾げて、言った。

「イシュぅ? 俺はンなメンドクセー組織なんかにゃあ所属しねぇぜェ。ま、強いて言うなら兄貴の命令で動いてる」

「何!?」

 全く予想外の展開だった。
 イシュのメンバーでないこの男。それならば何故、最終兵器の波動が伝わってくるのだろうか。

「一つ良い事教えてやるぜ。キョーヤちゃんよぉ」

 男は指を『ぱきぱき』と鳴らしながら、狂夜に言う。

「古代都市は十のリーサルウェポンを作り出した。だが、実はそれ以外にもリーサルウェポンは存在している」

「何……!?」

 次の瞬間、狂夜は見た。
 男の右の手。その手の皮膚を突き破って、一本の『骨』が姿を現したのである。

「俺の最終兵器はアナザー・リーサルウェポンの一つ、リーサル・ボーン! 俺の体の中にある200個ばかしの骨と、その細胞全てが、リーサルウェポンなんだよ!」

「何だと!?」

 この異常な事態に、流石の狂夜も驚きを隠せない。
 次の瞬間、男は舌を出しながら叫んだ。

「覚えておけ、ソードの持ち主よ! 俺の名はソルドレイク!」

 ソルドレイクの身体中から、無数の骨が生えてくる。
 まるで全身の武器を呼び起こしているかのように。

「兄貴の命令だ! てめぇを殺す!」

 直後、骨男が吼えた。
 その右手の骨の剣を横薙ぎに振るいながら。

(速い!)

 直後、とっさに構えたソードでソルドレイクの剣を払う。
 それを見たソルドレイクは舌打ちしつつ後退。一旦距離を置いた。

「へぇ、思ったより反射神経いいじゃん」

 なら、とソルドレイクは左手を突き出し、その皮膚から新たな骨の剣を抜いた。
 これじゃあ奴の肉は鞘だな、と狂夜は思う。

「二刀流ってかぁ?」

 それに対して、狂夜は鼻で笑った。
 彼は懐から一本の筆を取り出し、その先端から闘志の刃を生み出す。

「へぇ、神木か! こいつぁ思ったより面白そうだな!」

 ソルドレイクはまたしても突撃。ロケットのように突撃してくる。
 骨と言う弾丸を前に突き出しながら。

「ふん!」

 だが狂夜は恐れもしない。
 彼は右のソードを振るうと、刃がまるで鞭のように軟質な物になっていく。
 そしてそれをそのままソルドレイクに向けて振るいだす。

「なんだぁ!?」

 刃の鞭が、無数にも分裂し、ソルドレイクを捕獲しにかかる。
 それはまるで蜘蛛の巣のようだった。

「捕らえよ!」

 狂夜が言うと、蜘蛛の巣は一気にソルドレイクを捕縛。彼の自由を一瞬にして奪ってしまった。

「だが、甘いな!」

 次の瞬間、ソルドレイクの身体中から生える骨が、その蜘蛛の巣の僅かな隙間に通っていき、彼は一気に隙間を広げて蜘蛛の巣から抜け出していく。

「な――――!?」

 予想以上のパワーだった。先ほどの蜘蛛の巣は、仮にも最終兵器。束縛しようとする力は半端ではない。
 それをいとも容易く抜け出すと言う事は、それだけ向こうの最終兵器が優秀だと言う事になる。

「ならば!」

 向かって来るソルドレイクに注意しつつ、彼は念じる事でソードの柄尻を展開させた。
 その展開された柄尻に、神木の筆をセットする。

「これは『とっておき』だったんだがな!」

 狂夜はソードの切っ先をソルドレイクに向ける。すると、切っ先に溢れんばかりの光が集っていく。

「―――――!?」

 ソルドレイクは表情を驚愕に変えるが、狂夜は『もう遅い』とでも言わんばかりに不敵に笑う。
 
「まさか、神木のエネルギーを弾丸に変換するのか!?」

「その通り! 受けよ、我が闘志!」

 次の瞬間、ソードの切っ先からエネルギーの渦が吼えた。
 それは轟音を響かせながらソルドレイクを巻き込んでいき、船の外壁を破壊していき、最終的には夜空へと消えていく。

「………我ながらやりすぎたか」

 ぶっ放しておきながら、狂夜はそんな事をぼやいた。
 今は煙が巻き上がって見えないが、船に穴を空けてしまったのは事実。海水が入り込んでこない位置だったとはいえ、このままでは非常にヤバイ。

「早い所エリックと合流し、逃げなければ!」

 言い終わってから回れ右。
 そのまま退散しようと思ったが、次の瞬間。

「ひゃははははははっ!」

 神木のエネルギーに巻き込まれて消えたはずの、ソルドレイクの不気味な笑い声が響いてきた。
 まさか、と思い狂夜が振り返ると、其処には信じられない光景が広がっていた。

「貴様、化物か……!?」

 眼鏡を外して超強気になっている狂夜が、思わず呟く。

 今、彼の目の前には『人骨』が立っていた。肉は無く、眼球も無ければ血液も、臓器もキレイさっぱりと消えてしまっている。
 それなのに、その人骨は口を開き、ケラケラと笑っていた。しかも糸に吊るされている訳でもなく、その場に平然と立っている。

「言ったはずだろう。俺の最終兵器は『骨』! そして言い忘れたが、俺はこのリーサル・ボーン自身なんだよ!」

「何だと――――!?」

 次の瞬間、床を突き破って出現した骨の槍が、狂夜を貫いた。





 エリックは、ただその場に立ち尽くしていた。
 大地震の様な衝撃で船が揺らぎ、急いで相棒と合流しようと思い、彼は全力で走ってきたのだ。

 ところが、その相棒が今、彼の目の前で倒れていた。しかも死んだように指一本動かさない。
 思わず身体を揺さぶり、声をかけてみる。反応は無い。
 ただ呆然となっているエリックの前に、薫がやって来る。

「―――――」

 だが、何を言っているのか聞こえなかった。
 今の彼の視界の中にあるのは唯一つ。



 切咲・狂夜の死体だけだった。



 だが、そこでエリックは気付いた。
 狂夜の黒いはずの髪の毛が何故か紫色に変色している。しかも、血の色は黒になり、何故か傷口に灰が詰まっている。

(どうなっている? 一体何が―――――)

 其処まで考えた時、彼の耳に男の声が響いた。
 ぞっ、とするほど凍えた、何故か視界には入ってこない姿の男のその声は、彼の脳裏に刻み込むには十分すぎる言葉をエリックに与えた。

『フォードレイタウンへ行け。そうすればその男は蘇る!』

 誰が言ったのかはわからない。
 しかし、その言葉を聞いたエリックは、まるで何かに取り付かれたかのように狂夜の遺体を運んでいった。




 続く



 次回予告


マーティオ「遂に姿を現したダーク・キリヤ。狙ってきたのは、やはり俺様の命。しかし、貴様の思い通りに行くかねぇ?」

ネオン「……次回、『暗殺者』」

マーティオ「先輩のいる前で、簡単にくたばる訳にはいかねぇんだよ!」

ネオン「………月夜の晩、貴方は吼える」



第二十七話へ


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